1897年に現在の国旗の原型が生まれました。発案者はエミリオ・アギナルドで、翌年に独立宣言を行い、初代大統領となった人物です。
白い三角は平和と友愛、青は平和、真実と正義、赤は愛国心と勇気を表しています。
太陽の8条の光は、スペインに対してはじめに反乱を起こした8つの州を、3つの星はフィリピンの主要な島、ルソン島・ミンダナオ島・ビサヤ諸島を意味しています。
現在使用されている国旗は、1998年の新国家象徴法によって制定されました。
国旗の変更
2009年9月27日、フィリピン政府は、スペイン植民地時代にも屈服しなかったイスラム教徒と先住民に敬意を表し、光条を1本増やして9本とする議案を可決しましたが、現在のところデザインはまだ改定されていません。
フィリピン国旗の変遷
フィリピンがスペインの植民地であったときに使用された旗。ブルゴーニュの十字架と呼ばれています。
スペイン領東インド時代の旗が使用されました。
最初のスペイン共和国のスペイン東インドの旗が使用されました。
フィリピン共和国の最初の公式旗で、フィリピン革命の間に使用されました。
この顔のある太陽のデザインは、アルゼンチンのリオデラプラタ共和国とウルグアイの影響を受けて採用されました。
アメリカ合衆国との間に米比戦争が勃発しました。1901年3月、当時のフィリピン共和国(第一次共和国)は米軍に破れ、アメリカの主権を認めざるを得なくなりました。1902年までにアメリカ軍がフィリピン主要部を占領し、アメリカ合衆国の植民地となり、星条旗が使用されました。
ちなみにこの間、アメリカ合衆国の州が増えて、星条旗の星の数は何度か変更されました。
動画:アメリカ合衆国の国旗の変遷(2:20)
星条旗とともに2つの国旗が使用されました。
1941年12月に日本が米英に宣戦布告し太平洋戦争が勃発すると、南方作戦の一環として日本陸軍がフィリピンに上陸し、1942年1月に日本軍はマニラを占領しました。
1985年、元の国旗で使用されていた色合いに関する議論の中で、青の色合いがネイビーブルーからライトブルーに変更されました。
1986年に、コラソンC.アキノ大統領は、国旗の色を戻しました。
1998年に若干の変更を加えて、現在の国旗が使用されています。
提案された国旗
太陽の光線が9本の旗の他にも、これまでに様々なデザインが提案されています。
1995年6月にフィデルV.ラモス元大統領が提案した旗です。イスラム教徒のコミュニティを表すために三日月を追加したデザインになっています。
エマニュエル・L・オソリオの提案。イスラム教徒と先住民を表す9本目の光線と、サバ(フィリピンが領有権を主張しているが、現在マレーシアの主権下にある地域)の4番目の星が追加されています。
三角形は、4番目の星に対応するために長方形に変更されます。
似ている国旗
チェコの国旗 | シント・マールテンの旗 | ハイチの国旗 | リヒテンシュタインの国旗 |
フィリピン国旗のパーツごとの説明
太陽、独立と自由、8条の光は最初に独立革命に参加した8つの州
ルソン島・ミンダナオ島・ビサヤ諸島
平和と友愛
真実と正義
愛国心と勇気
フィリピンの基礎データ
面 積 | 300,000km² |
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首 都 | メトロ・マニラ |
言 語 | フィリピン語、英語、その他80前後の言語 |
主要産業 | 農林水産業 |
通 貨 | ペソ |
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