ペルーの国旗 | 意味やイラストのフリー素材など – 世界の国旗

ペルー国旗

ペルーの地図1821年に独立を果たした後、1825年に現在の国旗が制定されました。
赤・白・赤の縦三分割旗は、独立解放運動の指導者、サン・マルティンがピスコ湾に上陸したときに、赤い翼に白い旨の鳥を見て吉兆と喜んだことに由来しています。中央には国章が描かれています。国章には、月桂樹とヤシのリース、ビクーニャ(ラクダ科の動物)、金貨があふれる角などが描かれています。

この国章が省略されている旗が市民旗として使用されています。

ペルーの市民旗

ペルーの市民旗



ペルー国旗の変遷

ジャマイカ植民地時代の旗

ブルゴーニュ十字、スペイン軍の紋章(~1785年)

スペイン王国の国旗

スペイン王国の国旗(1785~1820年)

16世紀なかば頃から、ペルーはスペインの植民地でした。当時のスペインの国旗が翻っていました。

ミラー提督が掲げた旗

ミラー提督が掲げた旗(1820年)

1820年、スペインからの独立戦争の間に、イギリス生まれのウィリアム・ミラー将軍は新興国を象徴する最初の旗を掲げました。
元の旗自体は現在失われていますが、伝えられている説明によると、インティ(インカ帝国の伝説上の太陽神)を表す金色の太陽に紺の地色だったようです。

ペルー共和国最初の旗

ペルー共和国最初の旗(1820~1822年)

ホセ・デ・サン・マルティン将軍によって作成された最初の共和国旗です。

ペルー国旗2番目のデザイン

ペルー国旗2番目のデザイン(1822年)

1822年3月、共和国最高議員が旗の新しいデザインを命じました。

ただ、この新しい旗は戦場で問題が発生しました。遠くからだとスペインの国旗と見間違えてしまうので、軍隊の区別が難しくなりました。

ペルー国旗3番目のデザイン

ペルー国旗3番目のデザイン(1822年)

1822年5月に、旗のデザインを再び変更しました。
新しいバージョンは、赤の外側の帯と白い中央の帯に変更した縦三分割旗で、中心にインティを表す金色の太陽がありました。

ペルー国旗

ペルー国旗4番目のデザイン(1825~1836年)

1825年2月25日、シモンボリバルの政権時に、憲法制定会議は国のシンボルの法律を公布することにより、旗のデザインを変更しました。

このデザインは現在使用されている国旗とほぼ同じです。

南ペルー共和国の国旗

南ペルー共和国の国旗(1836~1839年)

1836年から1839年にかけて、ペルーは一時的に南ペルー共和国と北ペルー共和国に分裂し、そこにボリビアに加わり、ペルー・ボリビア連合を形成しました。

南部が最初に成立し、新しい旗が採用されました。
左に金色の太陽と上に4つの小さな星(アレキパ、アヤクチョ、クスコ、プーノ、共和国の4つのグループを表す)と右上部の緑と下部の白に分かれています。

ペルー・ボリビア連合の旗

ペルー・ボリビア連合の旗(1836~1839年)

ペルー・ボリビア連合の旗は、南ペルー、北ペルーとボリビアの紋章を中央に配置して、それを月桂樹で囲みました。

連合が解散した後、ペルーの旧共和国は、国旗のデザインを以前のものに復元しました。

ペルー国旗

(1950年~現在)

1950年、オドリア大統領は国旗を現在の形に変更し、事実上使用されていたため、市民旗から紋章を削除しました。

似ている国旗

カナダの国旗カナダの国旗 メキシコの国旗メキシコの国旗

ペルー国旗のパーツごとの説明

オークの枝の冠、勝利と栄光

 


ビクーニャ(ペルーを代表する動物)、ペルーの生態系を表す

 


キナの木

 


豊穣の角から溢れだす金貨、鉱物資源を表す

 


勇気と愛国心

 


平和と名誉

 


ペルーの基礎データ

面  積 1,285,000km²
首  都 リマ
言  語 スペイン語、ケチュア語、アイマラ語
主要産業 鉱業、漁業、農牧業、製造業、水産業
通  貨 ヌエボ・ソル

ペルーの白地図

ペルー国旗のフリー素材

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Illust ACの画面
 

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